キノコブルース
朝だったり昼になったりして事務所に着くと、誰もいないときはまずエアコンをつけて体中にへばりついた汗をティッシュで吸い取りつつ冷蔵庫からミネラルウォーターを出してグラスに注ぎベランダに出て煙草を吸う。ベランダには青ジソとバジルの植えられたプランターがあって、煙草を吸いながら空のペットボトルを使ってドボドボと水を注ぐ。1ヶ月ほど前はその青ジソとバジルが虫たちにバリバリと食い荒らされていたが、連日の暑さにノックダウンされたのか虫たちはどこかへ行ってしまった。種から育てたせいか今回のやつはずいぶん成長が遅かったなぁと、緑の葉をピラピラめくっていたら密集した葉の下にニョキっと生えたキノコを発見した。な!っと声を発した0.5秒後に土から引っこ抜いたキノコを右手に持っていた。無意識の防御本能である。 俺の大好きな香草の成長を妨げるな!と言わんばかりに勢いよく引き抜いたキノコだったが、よく見ると華奢なラインをしていて実に可愛らしい。こんなことを言うと変態だと思われるかもしれないが、妙に女性的な佇まいをそのキノコに感じてしまって急に申し訳ない気持ちになってしまった。そのまま育ったところで、多分、恐らく、きっと害はない。強く握ると壊れてしまいそうなキノコをテーブルに置いて、10枚くらい写真を撮った。僕なりのマニアックな供養である。 キノコと言えば、しめじ、椎茸、舞茸、えのき、松茸、エリンギ、ポルチーニと食卓を楽しませてくれる面々をすぐにイメージすることができる。とは言え、食感や香り付けといった位置づけのキノコは主役にはなりずらい。食卓においても、日陰と湿気を好む生態系においても、メジャーとは言い難くどちらかと言えばマイナー選手なのがキノコだと思う。風味があっていいね、というコメントにあるように、ガツンした手応えというよりも舌の上を通過して喉に至る一瞬に魅力がある。非常に刹那的な時間のなかで評価される、それが「風味」だ。そういった意味で多くの人に評価される鶏肉や卵やジャガイモとは違う、とことんマイナーで内向的な食べものなのだ。それでも僕らを魅了する、なんとも言えない「風味」はどこから来るのだろうか。30年も日陰を歩いてきた不細工な二丁目のオカマが語る何気ない言葉がそこはかとなく真実を捉えるように、キノコに宿るマイナーな底力が僕らを風味というマジックでよくわからない幸福感へ導くということなのだろうか!そうなのか!?きっとそうだよね?そうなのかい??? そんなことをブツブツ考えていたら、山に入ってキノコを紡ぎ、七輪で焼いて腹一杯食べたくなってしまいました。
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