ロゴマーク

グラフィックデザイナーの仕事領域は広い。ポスター、フライヤー、折り込みチラシ、カタログ、名刺、封筒、会社案内、DM、新聞雑誌広告、交通広告、サインなどの定番メニューからはじまって、商品パッケージ、本の装幀、店内装飾、舞台装飾、エコバッグやアクセサリーなどのグッズ、WEBサイト、映像コンテンツなど、様々な現場でグラフィックデザインが活躍している。僕もデザイナーとして色々なものをつくる機会をいただいてきたが、ロゴマークをデザインすることについては他のものと違った思い入れがある。特別と言ってもいい。 ロゴマークをデザインすることは難しい。もちろんデザインするという行為自体が非常に脳ミソを使う仕事であるには違いないが、例えば広告をデザインするのとロゴマークをデザインするのでは、はっきりとした違いがある。広告がメディアという舞台で打ち上げられる花火だとすれば、ロゴマークは花火に着火する「火」と捉えることもできる。その「火」をデザインするということは、全神経を集中させ研ぎ澄まされた感覚で魂を吹き込むくらいの気合いが必要になる。 ロゴマークと言っても会社、ブランド、商品、サービス、団体、機能などマーク可する対象は様々だが、比較的長い期間において使用されるのがロゴマークである。ブランドロゴであれば数年、会社のロゴであれば数十年に渡って使われることも珍しくはない。長期的に、しかも社員をはじめ多くの協力会社が広告やWEBサイトなど様々なスペースへレイアウトしていくのがロゴマークである。ロゴマークは安直に設計してしまうと、結果としてひどく使いづらいものになってしまう。各パーツのエレメント、対比、スペーシングにもmmの1/10という単位での気遣いが必要だ。そういった理由でロゴマークをデザインすることは、ひどく神経をつかう仕事なのだ。 ロゴマークに限ったことではないが、デザインにはその形状に至るまでのプロセスが大切だ。なぜなら理由のないデザインには強い軸がなく、見るものに何かを語りかけてくるような力を持つことができないからだ。パフォーマンスを見せるために30案ほどのロゴマークを無作為につくり「好きなデザインを選んでください」とクライアントに提案するデザイン会社もあるようだが、僕にはそんなことはできない。実際にその30案を見ると、キャリアの違うデザイナーの何人かが思いついた形状を、意図もなく1時間くらいでデザインしたといったものがほとんどだ。マークが象徴する企業、あるいはブランドのポジションとマーケットを理解し、展望や思いをヒアリングした上で自分の持っている技術を総動員して取りかかれば、20も30もデザインを組み立てることなど物理的にできないからだ。手描きでラフスケッチしたものをパソコンで原型をつくり、目で確信して合格ラインに至らないものであればその場で捨てる。納得のいく形状に至らなければつくっては捨てつくっては捨てという作業を繰り返すことになる。もちろん最初からいい形状がつくれることもあるが、どちらにせよロゴマークのデザインは根気のいる仕事だと思う。 自分のなかで世に出して恥ずかしくないというデザインを依頼主に見ていただく。依頼主が決定したデザインは、あらためて僕の目で検査される。全体のバランスはまとまっているか、曲線は美しい弧を描いているか、各比率は機能的な状態か、文字と文字のスペーシングは整っているか、そういった細かい部分を1週間ほど見つめ直す。壁に貼ったロゴマークに気になる部分があれば、どんどん手を入れて直していく。朝、事務所に来たときに見て、夜帰る前に見る。気がついたら手を加える。そうやって時間をかけて向き合うことで、ロゴマークが僕のなかで完成する。完成したロゴマークはマニュアルに落とし、依頼主に納品する。 ロゴマークの役割は、「この広告は○○○という企業の広告ですよ」といった「印」としてのマーキングだが、制作の条件として一番に考えなければならないのは、そのロゴマークが社員やスタッフのモチベーションやポテンシャルを上げることができるかどうか?ということだと思っている。ロゴマークは会社やブランドや商品を結束する力を持っている。ロゴマークが社員のモチベーションを上げて充実した仕事の時間が過ごせれば、デザイナーにとってそれはひとつの幸福である。そしてロゴマークはそれが象徴する企業やブランドと一心同体でもある。企業がかっこいいことばかりしていれば、自ずとロゴマークもかっこよく見えてくるものだし、詐欺まがいのようなことばかりしていれば、ロゴマークも詐欺っぽく目に映っていまう。一心同体。言い換えれば、企業とロゴマークは一緒に成長していくのだ。

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